愛しのメロンパン
「ど、どうしたんですか、それ……?」
「戦利品〜!」
「あんぱんのかけら〜」
花は大喬小喬の手に握られている数本の金髪を見て、思わず息を飲んだ。
そんな鮮やかな金髪は、この世界で尚香を除いては一人しか知らない。そして彼女は里帰りを終えて帰っていったばかりだった。
その上、小喬の口から出た「あんぱん」は確実に花がこの世界にもたらした言葉だ。
仲謀の身におこった悲劇を想像し、花は頭痛を覚える。
彼にはつい先日、翼徳に余計な事を言ったせいで怒られたばかりなのに、まさか彼女達にまでその話が伝わっているとは思わなかった。
小さな手に握られている髪の毛をもう一度見て、彼の怒りが想像でき背筋が寒くなる。これだけ抜かれていたら、小さなハゲぐらいは出来ているかもしれない。
花は行きたくない気持ちを無理やり押さえ込み、仲謀の部屋へと足を向けた。
「……仲謀……?」
妙に入りづらく、彼の部屋の扉の前で声をかける。
返事がなかったが諦めきれずもう一度声をかけると、重い音をたてて扉が開いた。
出てきた仲謀は、花が想像していたものより遥かに暗い顔をしている。
「……ちゅ、仲謀……あの……」
「……いいから、入れ」
聞いたこともないような低い声を出され、花は身を竦めた。だが、そのままじっとしているわけにも行かず、仕方なくその扉の内側へ身を滑り込ませた。
しんと静まり返った部屋は、夕方ということもあってひどく暗かった。
「あの……仲謀、ごめん、ね……?」
「……何でおまえが謝んだよ」
腕組みをし、目を合わせずに仲謀が呟く。その態度に花の胸の奥がずきんと痛んだ。
「あの、あの……はげちゃった……?」
「はぁ? 何で俺様が禿げなきゃいけないんだよ! そんなに薄かねぇよっ!」
見ろ! と差し出された頭を見れば、確かに細い繊細な金髪はびっしりと頭皮を覆っていて禿げているところは見つからなかった。
しかし中の方はわからず、まだ不安は残る。恐る恐る指先で髪の毛をわけ、細かく探っていく。
慎重になりすぎる花の指は細かに震え、それが伝わるのか仲謀の頭もぴくりと微かに動いた。
見た目は細い仲謀の金髪は、触ってみると固くしっかりしている。触り心地もよく思わず禿げ探しの目的を忘れてその手触りを楽しんでしまった。
「おい、花……」
「え、あ、ごめん」
戸惑ったような声で我にかえり、慌てて手を離すと身を起こした仲謀の顔はほのかに赤らんでおり、自分がどれだけ彼の頭を触っていたかを自覚した。
「あ、えっと、あの、良かったよ、大丈夫そうで。大喬さん達がいっぱい髪の毛持ってたから、はげちゃったかと思った。仲謀、すごく怒ってるみたいだし」
誤魔化すような花の言葉に、仲謀は大きな溜息をついて椅子へと腰を下ろした。
そうすると花の視線からでも彼のつむじが見え、目はやはり禿げを探してしまう。
「怒ってたわけじゃない。ただ、嫉妬して誤解を解かなかった自分が馬鹿だったって反省してただけだ」
「嫉妬?」
「な、何でもねぇよっ!」
引っかかる言葉を聞き返すと、仲謀はまたぷいと視線をそらしてしまう。
その態度が彼を更に幼く見せ、花は思わず頬を緩ませた。
きっと年下扱いをすればまた機嫌が悪くなるだろうと思いつつも、花は目の前にある彼の髪の毛をそっと触った。
彼の金髪は、見た目も綺麗で触り心地も良い。
「……アンパンっていうか、メロンパンみたい」
「めろん……? 何だそれ。それもおまえの国の英雄か?」
以前話したアンパンで出来た顔のヒーローの話を思い出したのか、仲謀は嫌そうに眉をひそめた。
しかし、彼の頭しか見えていない花はその事に気付かず、上機嫌で今度はメロンパンで出来た顔の女の子の説明を始める。
「表面が甘いパンでね、その女の子はメロメロパンチっていう必殺技を持ってるんだよ。それをすると、皆メロメロになっちゃって仲良くなるの」
「め、めろめろぱんち……?」
「そう。仲謀もメロメロパンチ使えたらいいのにね。そしたら玄徳さんとも孟徳さんとも仲良くなれるのに」
花の頭の中には、目をハート型に変えて手を繋ぐ三人の姿があった。
もちろん仲謀の顔は更にひきつっていたが、彼女がそれに気づくわけはなく更にアンパンのヒーローの世界を説明し続ける。
「でね、そこには……わっ!」
頭を撫でていた手を取られそのまま引き寄せられると、花は仲謀の膝の上に倒れこんだ。
顔を上げれば彼の目が近い位置にあり、思わず胸が高鳴った。
明るい太陽の下で見ると薄い色の瞳は、暗い部屋の中では濃い色に染まりその中に自分の赤らんだ顔が映っているのを見つけ、花は目をそらした。
その瞬間、首筋に濡れた何かが触れる。
「……っ!」
身を竦めると、もう一度その感触が降って来る。それが彼の唇だと気付いたのは、そこを強く吸われた時だった。
「や、な、何するの?」
「……めろめろぱんち、だ」
「そ、それ、パンチじゃなくてキス……っ」
仲謀の唇は首筋から耳に上がり、そこにも音を立てて口付けを落とした。耳元に息を吹きかけられ、花の背筋が粟立つ。
抵抗しようとする手は絡め取られ、花にはなす術がなくなった。
「めろめろぱんちも役に立つな」
「ば、ばか……っ」
「俺様のことを馬鹿呼ばわりして怒られないのは、おまえだけだな」
小さく笑いながら、仲謀は花の体を抱き上げた。
行き先はわかっているが、花にはもう止める手立てはない。
「……おまえ、メロンパンの話は大小には絶対するなよ」
寝台に着く直前、足を止めた仲謀は真面目な顔でそう言った。
今度こそ、口止めするのは忘れなかったのだ。
思わず笑みの零れた花に、更に「めろめろぱんち」が浴びせられたのは言うまでもない。
書庫へ
仲謀、メロン○ンナ編。やっぱり書きたくなって書いてしまった。